スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「双葉病院事件で見えてきた自衛隊の不可解な行動」月間「集中」より

http://medical-confidential.com/confidential/2011/10/post-315.html

双葉病院事件で見えてきた自衛隊の不可解な行動

東日本大震災での自衛隊の活躍は被災地で称賛を浴びた。しかし、東京電力福島第一原子力発電所事故で起きた双葉病院(福島県大熊町)患者置き去り誤報事件では首をかしげたくなる行動をしていたことが明らかになってきた。
NPO法人医療制度研究会(理事長=中澤堅次・済生会宇都宮病院名誉院長)の主催で、東京・港区の北里研究所病院で10月29日に開かれた講演会「東日本大震災被災医師の行動」。「福島原発事故で起きた双葉病院事件の真相」の演題で、同病院医師の杉山健志氏とノンフィクション作家の森功氏が講演した中で、自衛隊の次のような行動が浮き彫りになった。
3月11日当時、原発から4.5kmの双葉病院には精神疾患を抱えた患者や認知症の高齢者ら340人、近くにある系列の介護老人保健施設「ドーヴィル双葉」に約100人の計約440人の患者・入所者がいた。病院は町長に避難車両の手配を依頼。観光バス5台が救助に訪れたのは、大震災の翌3月12日昼ごろ。患者209人と職員約60人を載せて午後2時過ぎに出発した。
午後3時36分、第一原発1号機が爆発。放射能の恐怖に加え、電気や水道、電話が使えない中、76歳の鈴木市郎院長と残りの患者129人は救助隊を待ったが、同日夜も翌13日も救助は見送られた。
自衛隊が救助に訪れたのは、震災から3日後の14日早朝。全員を乗せきれず、患者と入所者の計132人を車両に乗せて出発。搬入先のいわき市内の高校体育館まで10時間以上かかる中、車中で患者3人が死亡。体育館でも翌日までに11人が死亡した。医師は同行できなかったという。
病院には院長と職員、患者93人のほかに、自衛隊の隊長、警察官が残っていた。14日午前11時1分、3号機が爆発すると、隊長は「オフサイトセンター(緊急事態応急対策拠点施設)で指示を仰がなければならない。病院の車を貸してほしい」と言い、車に乗ってそのまま戻らなかった。
 15日午前1時ごろ、警察官の指示で院長らは病院を離れ、原発から約20kmの峠に避難。自衛隊との合流に備えた。午前6時ごろ、2号機と4号機が爆発。自衛隊は午前11時ごろ病院に到着、最後の患者の救出を始めた。患者7人は搬送先で死亡した。
院長と自衛隊の入れ違いともいえる事態が、「患者置き去り」「患者21人見殺し」の誤報につながる。自衛隊は県の災害対策本部に、病院関係者は一人もいなかったと報告。同本部は背景を確認もせずに記者発表し、マスコミが一斉に報道した。
 杉山医師らも指摘していたが、さまざまな疑問が生じてくる。原発近くの病院は12日には患者が救助されている。双葉厚生病院には自衛隊のヘリまで出動した。双葉病院の場合、なぜ自衛隊は迅速な対応ができなかったのか。病院の車を借りた隊長は"乗り逃げ"をしたのか。自衛隊と県、町は連携が取れていたのか。
 講演会はマスコミの誤報を指摘し、双葉病院の医師・職員の名誉回復のために開かれた。だが、誤報事件だけでは済まないだろう。同病院の患者やドーヴィル双葉の入所者は避難途中、避難先で計50人が亡くなったという。迅速に救助されていれば、失われることはなかったはずの命だ。国や県、町は遺族に対し救助が遅れた理由を説明すべきだろう。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

sugitake2

Author:sugitake2
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。