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東京保険医新聞3月15日号

東京保険医協会の「東京保険医新聞」3月15日号」に鈴木理事長のインタビュー記事が掲載されました。

救出遅れ 患者犠牲に
――福島県大熊町 双葉病院 鈴木 市郎 院長に聞く



 双葉病院(福島県大熊町)は福島県浜通では最大規模の精神科専門病院で、病床数は350床。地域の多数の精神患者に加え認知症患者も受け入れ、約4割が高齢者で、常に満床状態だった。
 爆発事故を起こした福島第一原発から、わずか4・5kmに位置する同病院。患者の救出は、最優先で行われなければならないはずだ。ところが、その救出は遅れに遅れ、75歳以上の高齢患者21人が避難の最中、命を落とした。病院からのSOSはなぜ届かなかったのか、救出活動の何が問題だったのか、多くの疑問と割り切れない思いが残る。
 特集「3・11から1年」。広報部は、双葉病院・鈴木市郎院長に話を聞いた(聞き手/岩田俊・広報部員)。
◆ ◆ ◆
 「3月11日、電気、ガス、水道、通信、すべてが遮断されました。それまでは雷で停電になったとしてもせいぜい1、2時間。長時間の停電は経験がありません。11日の夜を乗り切れば何とかなるだろうと、とりあえずろうそくと電灯だけは用意しました。でも、刻々と情勢が変化していることには気が付きませんでした」―震災1日目について鈴木院長は、このように語る。340人の患者たちは、ライフラインが寸断されるなか、不安な一夜を過ごした。
 2日目の3月12日午前5時44分には10キロ圏内に避難指示が出され、早朝から職員が大熊町に入院患者の救助依頼をしていたが、12時頃、やっと大型バス5台が到着する。
 「入院患者209人がバスに乗り、約130人が残りました。患者の薬、衣料品、食料等がありますから、病院の車も併走して全部出て行きました。
 残った患者の一部は口から食事が取れない状態です。病院は暖房も入らない状態でした。一刻も早く、避難させる必要があります。福島や会津には病院がありますが、こちらから全く連絡が取れない状態です。次の救援も来る。そうすれば、すぐ追いつく。そのときは、そう考えていました。
 ところが、その後の救出が来ない。救出を依頼しようと車で役場に行ったら、役場に人がいないんです。
 そして、病院に戻る途中、水素爆発が起こりました。しかし、私自身は車の中にいて聞いていないんです。病院に戻ったら職員が、『院長、今ボンと鳴ったのを知っているか。びびびんと響いた』と―大変なことになったと思いました」
 院長は周囲に助けを求めて回り、自衛隊、警察、消防などに救助を求めたが、3日目13日になっても次の救援は到着しない。同日夜から14日未明にかけて重症患者3人が死亡した。
 そして、14日朝、やっと第2陣が到着する。
 「警察隊が到着すると箱を4つ玄関に置くんです。放射線防護服です。1つの箱に25着、全部で100着。それを患者に着せるという。『死にそうな患者に、こんな圧迫するような服は無理です』と言うと、『命令だからしょうがない』―着せてもらっているうちに、今度は自衛隊が到着し、化学兵器の専門家という人が、そんな必要はないから脱がせてくださいと……」
 こうして重症患者約100人がバスで運ばれたが、移動距離は230キロ、12時間に及んだ。患者はただ座席に寝かされ、座席から落ちたままの人も。こうした状態で3人が死亡。さらに避難先の高校体育館では、医療設備もなく暖房も不十分なまま、11人が死亡した。
◆ ◆ ◆
 原発から5キロ圏内の病院3カ所のうち、双葉病院の救助だけが遅れた。これに対し、いまだに県や町から納得のいく説明はない。
 「なぜうちだけが取り残されたのか。適切な救援が行われていれば、患者は亡くならずに済んだのです。そう思うとやりきれない思いで一杯です」
 一部マスコミは「入院患者をおきざりにした」と誤った報道を行いながら、その訂正をしようともしない。鈴木院長は名誉回復を求め、マスコミ各社に対し訂正の再報道を求めている。マスコミの多くは検証の上での報道に応じつつある。
(『東京保険医新聞』2012年3月15日号掲載・資料省略)
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